• 2017年 4月 30日

ASモナコへ電撃移籍が決定したエル・シャーラウィ

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先日、イタリア代表とACミランのホープと期待されていたエル・シャーラウィがリーグ・アンのASモナコへ移籍することが発表されました。イタリア代表期待の若手FWの突然すぎる移籍報道は、ACミランサポーターに限らず、多くのイタリアサッカーファンを驚かせました。

そして近年良い成績を残せていないACミランの中で数少ない、将来的に活躍が期待できる若手の放出に、ミラニスタたちはクラブに対して大バッシングを浴びせました。今回は彼のプロデビューから移籍に至るまでを振り返ります。

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ユースからプロデビューまで

13歳でジェノアCFCのユースに入団したところから、彼のサッカーキャリアが始まります。若くから注目されていた彼は、2008年に若干16歳にして、セリエAデビューを果たします。10-11シーズンは当時セリエBに所属していたパドヴァに移籍し、年間で9ゴールを記録しました。

この活躍が認められ、2011年、19歳にしてACミランに加入します。当時のACミランの前線にはイブラヒモビッチやロビーニョ、更にはF・インザーギなどもおり、タレントを豊富に揃えていましたが、その中でも彼は限られたチャンスの中でアピールし、結局リーグ戦とカップ戦を合わせて28試合に出場し、徐々にチームにとって重要な存在となっていきました。リーグ戦のタイトルは惜しくもユベントスに譲りましたが、2位という好成績を残したチームに大きく貢献しました。

12-13シーズンは彼にとってブレイクのシーズンとなります。CLでクラブ史上最年少ゴール記録を更新し、リーグ戦でも37試合に出場し、16ゴールを記録しました。シーズン終了後にはオスカル・デル・カルチョというイタリアサッカー協会主催の最優秀若手賞を受賞し、一気にスター選手の仲間入りを果たしました。

ブレイクから一転、伸び悩み

2008年のデビューから毎年着実に出場時間を伸ばしていた彼でしたが、13-14シーズンは負傷などもあり、年間を通して6試合の出場にとどまりました。

復活が期待された14-15シーズンも、出場した試合中の接触プレーで骨折してしまうなどの不運があり、またボナヴェントゥーラなど若手の台頭とも重なって、以前のような結果を残すことができず、完全復活とはなりませんでした。

復活。そして移籍へ。

14-15シーズンの37節にはトリノFC相手に2ゴールを挙げ、チームの3-0の勝利に大きく貢献し、各紙メディアもファラオーネ(エル・シャーラウィの愛称)の復活の可能性をこぞって報じました。ACミランサポーターたちにとっても念願であった期待の若手の復帰であり、新シーズンで更なる活躍を見せてくれることを期待していた矢先、リーグ・アンのASモナコへ移籍することが発表されました。

ACミランの新監督となったミハイロビッチ監督は2トップのファーストチョイスに今夏セビージャFCから獲得したコロンビア代表カルロス・バッカとFCシャフタールから獲得したL・アドリアーノを考えており、エル・シャーラウィは中盤へコンバートすることを検討していました。一方で、彼自身は2トップの一角として出場することを望んでいるため、それぞれの思惑の違いにより、この期待の若手が移籍することになってしまいました。

ミランにとってはとてもショックな移籍報道となってしまいましたが、彼自身の完全復活を考えると、最適な判断だったのかもしれません。しかし、本当にそう言い切れるのはシーズンが始まって、彼が自分の力でどれだけの結果を残せるかにかかっています。新天地で、今まで以上の活躍を見せてくれることを期待したいですね!

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トップ・アイキャッチ画像引用元:エル・シャーラウィ ゴール&アシスト集 2015 Stephan El Shaarawy Football Skillsより

(ライター:谷口隼翔)

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2 Comments

  1. ユベントスがセリエA開幕戦黒星!世代交代に失敗か? | FCクロコダイル
    2015年8月26日 at 7:30 AM 返信

    […] ASモナコへ電撃移籍が決定したエル・シャーラウィ […]

  2. Carli
    2016年11月14日 at 11:23 PM 返信

    This piece was cogent, wee-rwlittln, and pithy.