• 2017年 11月 25日

高騰し続ける移籍金のきっかけとなったボスマン判決とは?(後編)

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ボスマン判決によって選手は自由に移籍できるようになった一方、ヨーロッパのクラブ間に格差をもたらしました。資金が豊富なクラブが資金力の乏しいクラブからスター選手を奪っていくという現象が起こったのです。

その影響を一身に受けたのがオランダの名門クラブ、アヤックス・アムステルダムでした。

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経営危機のアヤックス

ヨーロッパのクラブチームNO.1を決める大会「UEFAチャンピオンズリーグ」で4度の優勝を誇り、過去にはファン・バステン、ベルカンプ、リトマネンといったスター選手が在籍していました。しかし、1995年の優勝を最後にヨーロッパの表舞台から姿を消しています。

その原因が1995年のボスマン判決でした。ボスマン判決によりスター選手を根こそぎ引き抜かれたアヤックスは、その後のチャンピオンズリーグでの成績は決勝トーナメントに進むことなく終わっています。これはクラブにとっては痛手です。なぜなら決勝トーナメントに出場できないとなると、クラブの売上、収入が落ちるからです。

2001年のアヤックスの売上高は97万ユーロ。当時世界一お金持ちだったレアル・マドリードの5分の1です。ここで一度、アヤックスは自分たちの持つ歴史や環境や資産(選手、スタッフ)の特性を考えた上で、「独自」のビジネスモデルを考えていく必要がありました。

顧客を変えたアヤックス

そんなアヤックスですが、ビッグクラブを真似るのではなく、独自のやり方でクラブを立て直しました。本来、クラブの顧客は「ファン」と「スポンサー」です。

しかしアヤックスはもう1つの顧客に注目しました。それは誰でしょうか?「ビッグクラブ」です。元々、育成に定評のあったアヤックスはその長所を生かし、若手選手を獲得、育成し、ビッグクラブへ売却する。つまり、「若手選手とビッグクラブ」を結びつける場を提供しています。

例えば、イブラヒモビッチはユベントス、スナイデルはレアルマドリード、ルイス・スアレスはリバプールへ売却しました。

このやり方はGoogleやAmazonが「一般消費者とメーカー」を結びつける役割と同じです。アヤックスのビジネスモデルは、顧客の捉え方を変えた点が見事です。2000年以降、アヤックスは毎年約100億円の収入を得ています。サッカー界のビジネス化に翻弄された一方、そのビジネスに逆らうことなく見事に変化を成し遂げた経営戦略は世界中の中堅チームのお手本となっています。

アヤックスと”あのチーム”の意外な関係性

イブラヒモビッチ、ルイス・スアレス、マクスウェル、フェルメーレン。これらの選手は20代前半の頃、アヤックスに所属していた選手です。その他にもう一つ共通点があります。何かお分かりでしょうか?

正解は「その後バルセロナに移籍した選手」です。なぜそれが可能だったのか?

バルセロナのサッカーはアヤックスのサッカーが原型とされています。というのも、1974年W杯で世界中のサッカーファンを驚かせたオランダ代表の監督リヌス・ミケルスやヨハン・クライフがバルセロナの監督としてポゼッションサッカーを根付かせたからです。

1990年代のバルセロナに所属した選手を見ると、ライカールト、クライファート、デブール兄弟、クーマン、ライツィハー、ダービッツ、オーフェルマルス…アヤックスに在籍した多くの選手がプレーしていました。

最後に

人々を熱狂させ喜ばせるエンターテイメント性の高いスポーツがサッカーであると私は思います。今回お話した移籍金だけでなく、放映権料も毎年高騰し続けています。このマネーゲームはどこまで続くのでしょうか?

2011年からUEFAではファイナンシャルフェアプレー制度が導入され、ヨーロッパのクラブチームには財務状況の健全化が義務とされました。これにより、借金の多いクラブはヨーロッパ主要大会の参加が剥奪されます。

どこかで歯止めを掛けなければ、バブルが弾け痛い目に遭います。それはクラブチームだけでなく、サッカーを愛するファンも失うことになります。

関連記事:高騰し続ける移籍金のきっかけとなったボスマン判決とは?(前編)
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