• 2019年 8月 23日

長友の「55」やバロテッリの「45」…あのサッカー選手が背番号を選んだ理由

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長友の「55」やバロテッリの「45」…サッカー選手が背番号を選んだ理由

「45」に「55」、「87」に「99」・・・サッカー選手が着ける背番号といえば、ストライカーの「9」や「11」、司令塔の「10」が定番ですが、近年は背番号の数字が徐々に大きくなりつつあります。果たして、いつ頃からこの様な傾向になり、また各々の背番号にはどの様な意味があるのでしょうか。

サッカーの背番号の変遷

元来、各国リーグでは、背番号はスタメン選手が1から11、サブ選手が12以降、という様に決まっていました。「7」はベッカムやクリスティアーノ・ロナウド、「9」はロナウド、「10」はマラドーナやジーコ、と言うように、主要な番号でイメージの湧く選手が多いのですが、そこに一石を投じたのがオランダ代表FW、ヨハン・クライフです。彼は「これから14番を自分の番号にしたい」という事で、「14」をスタメンで着けた選手です。その後の彼の活躍は、ここで説明するまでもありませんが、「14」といえばヨハン・クライフという事を印象づけたと言えます。事実、彼以外に「14」という数字で、彼ほどに印象の深い選手もいませんよね。

やがて、背番号の付け方にも変化が訪れます。1990年代後半より、選手の背番号が1から99までの個人選択制に徐々に変わっていきました。これはユニフォームの売り上げ拡大を狙うクラブとユニフォームサプライヤーのマーチャンダイズ戦略の色合いが強く、イタリアを皮切りに、様々なリーグに拡がっていったのです。これはJリーグでも同様ですね。

個人選択制にした結果、ユニフォームの売上を大幅に伸ばす事に成功したのですが、この背番号の固定化が、選手同士のちょっとした軋轢を生むきっかけになったという事も否めません。

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背番号9を取られたので「1+8」にしたイヴァン・サモラーノ

例えば、インテル(イタリア)を見てみましょう。もともとストライカーの番号である「9」は、チリ代表イヴァン・サモラーノが着けていましたが、ブラジル代表ロナウドの入団により、その「9」を譲らざるを得なくなってしまいました。どうしても「9」にこだわるサモラーノは、機転を利かせ、「18」という番号を選んだのです。これは「1+8=9」を示しており、「9」への強いこだわりが垣間見えます。実際のユニフォームには、「1」と「8」の間に「+」の記号が付けられ、数字以外の記号を付けた、初めての選手と言われています。さすがに「+」を着ける事は、現在は禁止となっていますが、サモラーノの後も、様々な選手がいろいろな理由や由来にもとづいた背番号を着ける事になりました。

これらの傾向は、主にユース出身の若手選手や、冬の移籍市場を経て移籍してきた選手によく見られる傾向です。またサモラーノの事例の様に、大物選手が移籍する際に、既に背番号が決まっている選手が剥奪されてしまうという事もあるのです。逆に、既に着けている選手が偉大すぎて、他の背番号を選ばざるを得ない場合もあります。例えば「7」を例に挙げると、マンチェスター・ユナイテッドからレアル・マドリード(スペイン)に移籍したクリスティアーノ・ロナウド選手は、当時レアルにはラウール・ゴンザレスというチーム生え抜きのスーパースターがおり、「7」は彼の番号でしたので、移籍当初は「9」を着けていたのです。

背番号の選択例① 足し算、数字を重ねる

好きな数字を着けるという最近のトレンドですが、最近の例で代表的なのがリバプール(イングランド)のFWマリオ・バロテッリです。彼は、もともと「9」という背番号に強いこだわりを見せていましたが、インテル入団時には「9」が既に埋まっていた為、「45」を選択しています。それ以来、「45」は彼の代名詞となりました。これも足すと「9」になりますよね。

あとは、好きな番号の「重ね技」です。長友(インテル)の「55」や、カッサーノ(前パルマ)の「99」が良い例です。「9」でおなじみのブラジル代表FWロナウドですら、ミラン移籍時は、既にインザーギが「9」を着けていた為、重ねた「99」を着ける事になったのです。

背番号の選択例② 生年月日

次に多いのは、生年月日を背番号にするケースです。ラツィオ(イタリア)のイタリア代表MFカンドレーヴァ。彼は1987年生まれであり、「87」という背番号を着けています。最近の若手選手にもその様な傾向があり、1992年生まれのエル・シャーラウィ(ミラン)は「92」、同じくミランの1998年生まれ・新鋭マストゥールは「98」となっています。因みに日本国内に目を向けると、浦和レッズの森脇選手は「46」ですが、これは4月6日の誕生日を表しているのです。

背番号の選択例③ その他

その他の理由もあります。ヤヤ・トゥーレ(マンチェスター・シティ)は、元々バルセロナで「24」を着けていたのですが、既に使われていた為に、逆にした「42」を着けているのです。

日本を例に挙げると、以前日本代表でも活躍した久保竜彦氏(元サンフレッチェ広島等)が、広島に復帰した際にはいろいろな関係者の方への感謝を込めて「39(サンキュー)」という背番号を着けました。また先日日本代表デビューを果たした宇佐美貴史選手ですが、彼は「30」という背番号を選択しました。これは、彼にとってのラッキーナンバーが「3」である事に起因しているのです。彼が3人兄弟の3番目であり、ガンバ大阪での最初の背番号が「33」であり、バイエルン・ミュンヘン所属時に初ゴールを挙げたのは前半33分ということに由来しているそうです。

背番号の選択に制限のある事例

クラブチームでは割と自由に個人で選べても、クラブチーム以外の場では、選べない場合があります。これは各代表チームに多く言える事であり、背番号を選ぶ作業はチームスタッフもしくは監督が行いますので、選手に選択権はまず無いと言えます。またワールドカップの際は、登録人数23人が1から23の間で背番号を着ける事になりますので、24以上の背番号を着ける事ができないのです。イタリア代表ではバロテッリは主に「9」を着けています。

背番号を印象づける事の重要性

現在では副業として、いろいろな選手がプライベートブランドを立ち上げており、ブランド名に背番号を入れる例が多く存在します。例えばクリスティアーノ・ロナウド選手の「CR7」であったり、ブラジル代表MFロナウジーニョ選手の「R10」であったりするのですが、移籍などにより自分の背番号が着けられない事によるブランドイメージの低下も否めません。それほど、背番号に対する思い入れが強く、またクラブ・個人における収益面でも背番号は重要なものなのです。

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画像:サッカーユニフォーム 【2015モデル】 ◆インテルミラノ ホーム◆長友佑都 Nagatomo 背番号55(Amazon)より

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One Comment

  1. ゼフニニという名前を忘れるな!オッドBK(ノルウェー)に誕生した新星! | FCクロコダイル
    2015年10月5日 at 10:05 AM 返信

    […] ・長友の「55」やバロテッリの「45」…あのサッカー選手が背番号を選んだ理由 […]