• 2019年 5月 26日

HJKヘルシンキへの移籍したハーフナー・マイクの見つめている先

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HJKヘルシンキへの移籍したハーフナー・マイクの見つめている先

スペイン1部リーグ、コルドバFCは2014年12月30日ハーフナー・マイク(27)と契約解除をし、退団したと公式サイトで発表しました。名古屋グランパスでも活躍した父親のディド・ハーフナー譲りの長身を生かして高さと決定力を武器に活躍してきた青い目の日本人は現在どのような境遇にあるのでしょうか!?

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フィテッセを影で支え続けたストライカー

ハーフナーは2011-12年シーズンに当時J2のヴァンフォーレ甲府でリーグ戦20得点を挙げJ2得点王に輝き、その年エールディビジ(オランダ1部リーグ)フィテッセへ2年半の契約で移籍しました。

フィテッセでは、当時絶対的なエースストライカーとして君臨していたボニー(現マンチェスター・シティ/コートジボワール代表)のファーストチョイスとしてハーフナーは出場していました。ハーフナーのエールディビジでのキャリアは試合数、ゴール数、その他スタッツを見ても順風満帆と言えたでしょう。

ボニーというエースストライカーの影で、移籍した2012-13シーズンで11得点を挙げるなど、エールディビジ所属の日本人選手としては最多得点を記録し、結果ハーフナーは在籍中2季連続で二桁得点を決める活躍を納めています。

その背景には、やはり名古屋グランパスやマツダSC(現サンフレッチェ広島)でコーチ兼選手として活躍したオランダ人の父ディド・ハーフナーの存在が大きい考えられます。父と共に過ごした日本生活でもオランダ語や英語を覚え、他国の選手とコミュニケーションを取れていたことも活躍できた要因のひとつではないでしょうか。

複数の選択肢

フィテッセのエースボニーがエールディビジの得点王として輝きイングランドプレミアリーグへの移籍が決定した頃、入れ違う形でハーフナーはチームのエースストライカーになりました。そして契約満了の年、フィテッセとの契約延長やエールディビジの強豪クラブからのオファーが相次ぎます。

しかし、ハーフナーはその中でも唯一スペインからあったオファーを選びました。

フィテッセに残れば過去のシーズンと同様安定した出場機会にも恵まれ、エールディビジのクラブを移籍先として選択していたのであれば、フィテッセで過ごしたシーズンのように苦労することは少なくなかったでしょう。

それでも敢えてスペインの地を踏んだ

世界三大リーグの1つ、リーガ・エスパニョーラに挑んだ日本人選手は、これまで結果を出せずに他のリーグに移っています。記憶に新しいのは中村俊輔(元RDCエスパニョール/現横浜Fマリノス)、そしてデビュー戦で1得点1アシストで鮮烈なデビューを果たした大久保嘉人(元RDCマヨルカ/現川崎フロンターレ)などです。

彼らは、チームが日本のスポンサー企業の融資を期待する選手としてではなく、実戦力としての活躍を期待されスペインに渡りました。

コルドバFCを移籍先として選んだハーフナーも同様です。そもそもコルドバFCはスペイン1部のプリメーラ・ディビジョンで戦うことができるのかが疑問視されてきました。2013-2014シーズン、セグンダ(スペイン2部)を7位で終了したが、シーズンをセグンダ3位で勝ち進んだバルセロナBがプリメーラ・ディビジョンへの昇格する資格がないため、3位から6位までに出場権が与えられる昇格プレーオフへ繰り上げで滑り込みました。

プレーオフでの戦いで2戦ともドローでしたが、2戦目のアウェーゴールの差で昇格が決定し、42年ぶりとなるプリメーラ・ディビジョンへ「運良く」進むことができたと言っても過言ではないでしょう。

チャレンジする側の立場

コルドバFCではセグンダでエースストライカーとして出場してきたシスコが前季チーム最多の10ゴール。チーム全体では42 試合で46得点で、セグンダ21チーム平均44.5点とお世辞にも昇格するにあたり攻撃力が乏しいチーム事情でもありました。

そこでコルドバFCはフィオレンティーナからブラジル人FWマトスと、バレンシアからアルゼンチンMFフェデレコ・カルタビラを共に21歳の若手オフェンスをローンで獲得。ハーフナーはオランダでの実績、経験値からいうと即戦力としてチームに合流しましたが、コルドバFCの監督であるフェレールは全ての選手がイーブンからのスタートと明言し、決してハーフナーを優遇したわけではありませんでした。

チャンスをものに出来なかったハーフナー。新天地はフィンランド、HJKヘルシンキ

迎えた開幕戦コルドバFCはレアル・マドリードとの対戦でハーフナーは先発出場を果たします。しかしチームは惨敗。その後もチームは不信に喘ぎハーフナーはリーグ戦5試合の出場に留まりました。2014年9月25日のバレンシア戦を最後に10試合連続でベンチ外と実質チームの戦力、構想外となってしました。

実績のあるオランダからは複数クラブが、アジアでは古巣の横浜Fマリノスや上海申花からは3億円を超えるオファーが届くなど移籍の噂は絶えませんでしたが、今月2日、フィンランドのHJKヘルシンキへの移籍が決定しました。今年8月までの契約ですが、デビュー戦でゴールを決めるなど、滑り出しは順調なようです。これまで様々な環境でプレーしてきた強みを活かし、新しい環境での成功を期待したいところです。

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画像および動画:HJK TV: Mike Havenaar(Youtube)より

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